COLUMN

2024.07.11

選手とともに戦う通訳

  • #通訳翻訳コラム
選手とともに戦う通訳

みなさん、こんにちは。読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。

前回コラムでは外国人選手が活躍した際のヒーローインタビューについてご紹介しました。担当選手の活躍は通訳として嬉しいものですが、しかし勝負の世界は厳しいもので、大活躍を見せてくれるときもあれば、ミスや失敗をしてしまい敗戦の責を背負ってしまうときもあります。選手が困難な状況に直面しているときに通訳者ができることは何か、この役割を考えることもスポーツ通訳者にとって重要です。
 
 
■一番身近な存在が通訳者
 
先日の試合で、担当する外国人選手が思うようなプレーができず、それがきっかけでチームが負けてしまうことがありました。試合後その選手は敗戦の責任から、悔しさや怒り、歯痒さなどいろいろな負の感情を必死に堪えていましたが、人影に隠れて涙を流していました。スポーツ通訳者の私にとって、担当する外国人選手のこのような姿を見るときが、もっともつらい瞬間でもあります。しかし、それと同時に、このような苦しいときにこそ通訳者の存在は選手にとって重要であることを忘れてはいけません。なぜなら、苦しんでいる選手にとって、その瞬間に自分の国の言葉で話しができたり、聞いたりすることができる一番近い存在が通訳者だからです。
 
 
■寄り添うこと
 
過去にこんなことがありました。担当選手が結果が出せずに試合後に二軍降格を告げられたときのこと。伝えられた直後は口を閉ざしながら現実を受け止めようと努めていましたが、悔しさが表情に滲み出、周りの日本人選手も神妙な面持ちを察知しつつも、言葉の壁もありなかなか声はかけられません。こういう時はどうしても当事者の選手は孤独になりがちです。わたしは宿泊先のホテルに帰り、少し時間を置いて選手の様子見も兼ねて翌日以降のスケジュールを伝えに彼の部屋に行きました。すると、溜まっていたものを吐き出すように口を開き始め、気づけば1時間以上話を聞き続けていました。現実を受け止めようとしつつも納得のいっていないこともたくさんあったのです。しかし、翌日には気持ちの切り替えができたようで、それ以降も引き続きモチベーションを失うことなく二軍でもプレーを続けてくれました。あの時に一人にせずに話を聞いてあげたことで、少しでも選手の気を楽にすることができたのかなと考えると、寄り添うとは、選手が困難に直面しているとき、ただ闇雲に励ますのではなく、胸の奥に抱えるものを聞いてあげることなんだと理解しました。
 
 
■選手とともに戦う通訳
 
プロ野球は毎年140試合ほどの日程が組まれており、基本月曜を除いて火曜日から日曜日まで毎日試合が続きます。長いシーズン良いときもあれば悪いときも当然ありますし、その度に通訳者も選手とともに泣いて、笑って、喜んで、毎試合戦います。選手が活躍したときの喜びはやりがいとなり、反対に、良い結果が出なかったときほど苦しいときはありません。いい時はいいですが、悪い時が続くと通訳者も精神的にこたえるのも正直なところです。しかし、これがスポーツ通訳の醍醐味でもあります。通訳者は試合の結果を左右することはできませんが、気持ちを共有して一緒に戦うことはできるのです。
 
 
過去のコラムでも通訳をするに当たって言語以外に重要なスキルについて触れてきましたが、先に述べた選手の気持ちを察することができる「共感力」や「傾聴力」もまたその一つと言えるでしょう。選手に限らず私たち人間誰であれ、理解者が近くにいることはとても大きな支えですよね。通訳者でありながら選手が一緒に戦ってほしい、と思える理解者でいれるよう私も日々努めていきたいと思います。

それではまた次回のコラムでもお会いしましょう。

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