COLUMN

2024.05.30

AIにはできない通訳(後編)

  • #通訳翻訳コラム
AIにはできない通訳(後編)

みなさん、こんにちは。プロ野球読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。

前回コラムでは過去にあった例を参考に、選手の発言の意図を理解せずに訳してしまうと、思わぬ誤解を招く可能性があることについて書きました。選手の意図を理解するためには、背景にある文化や選手の性格なども把握している必要があるため、スポーツ通訳はまだまだAI ではなく「ヒト」であることが望ましいと言えるでしょう。今回も引き続き「ヒト」だからこそできる通訳についてのお話です。

 
■選手の性格を把握した通訳

私が勤める読売巨人軍にはパナマ出身の選手がいます。196cmの長身で120キロという巨漢、加えて一見とても強面な見た目ではありますが、実は冗談好きでよく笑う明るい性格の持ち主。ただ、来日当初でまだチームに馴染む前には、そんな性格を知らずに真顔で冗談を言われると、気難しくてこわい、なんて誤解を招きそうなときもありました。例えば、コーチが練習メニューの指示をしたときに、「今日は休みたいからやらない」なんて真顔で返したときですね。彼のことをよく知らないと、練習嫌いな問題児という印象を与えかねませんが、こういうときは「今のはウソです。見た目によらず冗談が好きなんです。」と通訳者がフォローします。そうして「なーんだ、冗談か」と場が和む、こういうシーンはよくありました。
 
 
■コメント(訳出)の影響を見越した通訳

仕事やスポーツで良い成績をあげたとき、日本人はどちらかというと完璧主義な傾向があり、手放しに喜ばずに次回への改善点や反省点に言及することが一般的です。一方、外国人選手のなかでもとりわけラテン系の選手は明るくポジティブな思考の選手が多く、個々で内心において課題を振り返ることはあっても、メディアの質問など公の場でミスを振り返ったり自省する発言をすることはあまりありません。例えば、選手が結果が出なかったときに、日本人選手は「チームに申し訳ない」や「実力不足です。もっと練習します」といった反省色の強いコメントが多いですが、一方の外国人選手は「まだ調整の段階なので気にしていません」、「ミスはつきものなので」といった前向きなコメントをよくします。本人的には全く悪気がなくても日本人的感覚で聞いてしまうと、自分本位で無責任な印象に受け取られかねません。こうした発言がそのまま流れると、ファンの方やときには自チームのコーチやチームメイトからも顰蹙を買ってしまうことがあったりします。そのため、通訳者として無用な誤解や反感を生まないように見越した訳出も大事だと私は考えています。例えば加藤が通訳する際は、「ミスはつきものなので気にしていない」だけで切らず、「次良い結果を出すためにポジティブでいることが大事なので」や、或いはもっと簡潔に「次がんばります」と必要に応じて付け加えることも選択肢として考えます。なぜなら、選手本人は当然ミスした結果に満足しておらず、課題の修正に取り組んでいることを通訳者という一番近い存在として普段の練習の様子や会話から理解しているからです。捏造や粉飾はよくありませんが、事実に基づいて少しだけコメントをアレンジすることでコメントの印象は変わりますし、不要な誤解を防ぐこともできるのです。
 
 
■通訳者はファシリテーター

チームは優勝という目標に向かって動いています。そのためには監督・コーチをはじめ、選手、スタッフが一丸となることが欠かせません。外国人選手も例外ではなく、チームと信頼関係を築くことはとても重要です。チームに溶け込むために冗談を言ったりふざけたりして、意図せぬ反感を招いては元も子もありません。通訳者が上手にお互いのクッション役となり、適時適切なフォローをすることで日本人と外国人が同じ方向に気持ちよく向かって行けるように、ファシリテートすることもまたスポーツ通訳者に求められる要素でしょう。
 
 
第9回と10回のコラムを通じて「AIにはできない通訳」と題して書きました。スポーツ通訳の業務は言語の変換だけにとどまりません。チームビルディングに貢献するためのコミュニケーション力や訳出によって予想される影響まで見越せる洞察力も重要なスキルだと考えると、スポーツ通訳者は「ヒト」だからこそ価値を生むことができる職業と言えるでしょう。
  
今回の話もスポーツ通訳に興味がある方の一助になれば幸いです。
それではまたお会いしましょう。

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