COLUMN

2024.05.16

AIにはできない通訳(前編) 第9回

  • #通訳翻訳コラム
AIにはできない通訳(前編) 第9回

みなさん、こんにちは。プロ野球読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。

前回コラムではプロ野球通訳の業務の流れを紹介しました。選手が活躍すればするほど注目も集まり、メディアからの質問や取材が増えて通訳も忙しくなりますが、担当選手の活躍は何より嬉しいものです。今回は通訳業務のメインである「訳す」作業のなかで加藤が気をつけていること、教訓としていることについてお話したいと思います。
 
 
■通訳者= Interpreter
 
ご存知かと思いますが、「通訳者」は英語で「interpreter」、スペイン語も同様の意の「interprete」と訳されます。interpret (スペイン語はinterpreter)という動詞から来てますが、意味は解釈する、説明する、です。話者が話す言葉の意味を理解し、その意図を適切に解釈し説明、伝える、これが「通訳」というわけです。
 
 
■「わざとミスをした」とコメントする外国人選手
 
まだ通訳になりたての頃、あるブログの記事を通して、過去にあった外国人選手のコメントとその通訳に関する興味深いエピソードを知る機会がありました。ある試合で米国出身の外国人選手が、ミスを犯してしまいそれがきっかけで負けてしまった試合後のこと。記者の一人がミスについて質問すると「(味方の)◯◯投手が嫌いだからわざとミスした」と回答し、それが翌日のスポーツ紙の一面で取り扱われ、外国人選手がチームに不協和音を起こしている、として物議を呼んだことがありました。通訳ではなかった当時の自分も、一ファンとしてなんて嫌な選手だ、なんて思ったことを覚えていたのですが、しかし、ブログ執筆者は担当通訳のミスだと指摘していたのです。
 
 
■発言の意図を汲み取る
 
アメリカや中南米にはirony やsarcasmという文化があります。これは意地悪や皮肉を込めてわざと事実と真逆のことを言うことで、例えば、仕事に遅刻してきた同僚に対し皮肉を込めて「今日は一番出社だね」と言ったり、或いは関係の良かった上司がいなくなったときに「いなくなってすっきりした」なんて言って、皮肉ではないですが逆の表現で事実や意思を強調することで日常的によく使われています。この風習をよく理解したうえで先ほどの「わざとミスをした」という発言の真意を考えると、「◯◯投手はすばらしく、しっかり守るべきだったが、エラーをしてしまった」が本意であることが理解できるわけです。ところが通訳の方がそのまま直訳してしまい、選手が批判の的となってしまったのです。
 
 
■文化を知らずに通訳(解釈)はできない
 
もしこのとき通訳された方が、アメリカ文化に精通していたら、違った訳出をされたか、もしくは選手のコメントのあとに「(嫌いと言ったのは)冗談ですけどね」と付け加えることができたかもしれません。また、外国人選手の性格やチームメイトとの関係を把握しておくことも通訳するのに欠かせない重要な情報です。冗談好きな選手、無口な選手、ポジティブな選手、外国人選手も日本人と同じくその性格、文化は多種多様。こうした背景を理解しておかないと、ちゃんと訳したつもりが上述のような誤解を生んでしまう可能性があると、私も常に意識するようになりました。
 
 
■スポーツ通訳はAIにはまだ難しい
 
以前のコラムの中で、通訳者にとって異国に暮らしたことがある経験は重要ということを書きました。言語のみならずその背景にある「文化」や「風習」、そこに暮らす人々の「習性」などは、まさに現地に行ってみないとなかなか知り得ない部分でもあります。昨今はAI通訳・翻訳の技術の進歩は著しく、行政や観光業を始め身の回りにはAIによる言語サービスの導入が進んでいますが、言葉の変換がどんなに的確で速くても、会話の文脈やその背景を理解して通訳することはAIにはまだ難しそうです。人と人とのアナログな関係の間に立つスポーツ通訳はやはり「人」であるべきでしょう。
 
今日のお話も皆さんの参考になれば幸いです。
それではまたお会いしましょう。

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