COLUMN

2024.08.22

知らない言葉はどう通訳する?(前編)

  • #通訳翻訳コラム
知らない言葉はどう通訳する?(前編)

みなさん、こんにちは。読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
 
プロ野球シーズンも後半戦に突入しまだまだ負けられない戦いが続きますが何年やっても一戦必勝の緊張感に慣れることはありません。かくいう私は今年で通訳7年目、スペイン語をゼロから学習し始めて12年目になります。現場で7年、語学歴が12年もあれば通訳できない言葉はない、と言いたいところですが、実はそんなことはありません。通訳時に訳が即座に出てこない、そもそも訳がわからない、こういう場面は今でも出くわします。
 
 
◾️微分積分はスペイン語で何て訳す?

ある日、外国人選手にテレビ番組からの取材依頼があり通訳を担当しました。選手の学生時代に関する質問に及び、得意科目を聞かれたときのこと。選手が「数学が得意だった」と回答すると、インタビュアーの方が「微分積分とかもよくできたんですか?」と質問を続けます。私は「微分積分」の「び」の字もスペイン語では思いつきません。結局このときは、「数学のどんな分野でも得意だったの?」という包括的なかたちで訳し、質問(通訳)を切り抜け(ごまかし)ました。スペイン語では新聞やニュース、読書、語学テキストなど一定以上の量を読んで学んで来たつもりでしたが、さすがに「微分積分」という単語はそれまで見たことも聞いたこともありませんでした。
 
 
◾️専門用語は選手もわからない

日本語でもわからない専門用語に直面することはスポーツ通訳をしていると珍しくはありません。とりわけ、選手が体調を壊したりケガをしたりして医療用語の話のときですね。例えば、PRPと呼ばれる「多血小板血漿療法」。担当していた選手が小指を脱臼してしまったときに提案された治療法なのですが、日本語でも全くなんのことかわかりませんでした。また、選手が頭痛を訴えたときに受診して診断された「髄膜炎」、これも聞いたことのない病名でどう伝えていいか戸惑いました。しかし、用語がわからないから通訳できないわけではありません。母国語でわからない専門用語はそもそも選手も知らないことがほとんどです。落ち着いて名称や用語の意味を通訳者が話者に確認し、その説明内容を訳すことで、通訳者も選手といっしょに疑問を解消します。
 
 
◾️会話の流れを止めない

訳が思いつかない、用語の知識がない、こういう場面に出くわしたときに大切なのは会話の流れを止めないことです。通訳者が辞書を取り出して調べたり、最近であればスマホの翻訳機に頼ることもできますが、通訳に時間がかかってしまうとぎこちない間が生まれてしまい、話し手と聞き手の会話が止まってしまいます。できるだけ会話の流れを止めずに双方が伝えたいことを話すことができる環境をつくることも通訳者の役割です。多血小板血漿再生治療の直訳が思いつかなくとも、「採取した自分自身の血液を受傷箇所に注入して細胞の再生を促す治療」と訳して伝えれば選手も理解することができます。
 
 
話し手と聞き手の双方の間で会話が成立しお互いに理解できているかどうかが通訳の最も重要なポイントです。翻訳であれば最も的確な訳出が重要ですが、通訳の場合はどんなに正確な訳を作成しても相手が理解できていなかったら業務としては失敗です。言い換えれば、伝えたいことの真意がお互い共有できていれば訳が必ずしも直訳されていなくても通訳としては成立するとも言えるでしょう。わからない単語が出てきた時も慌てずに、メッセージや質問の真意は何か、これをしっかり汲み取って違う言葉で表現する術が身に付けば、臆することなく通訳することができるようになります。とは言え、語彙力はあるに越したことはありません。私自身、学び続ける姿勢は失わずに引き続き日々の業務、実践に励んでいきたいと思います。
 
それではまた次回お会いしましょう。

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