COLUMN

2024.08.08

記憶と通訳(後編)

  • #通訳翻訳コラム
記憶と通訳(後編)

みなさん、こんにちは。読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。

前回コラムでは通訳の難易度は話者の発言の長さ(量)によって変わり、そのために記憶力が重要であることを書きました。私も通訳を始めたばかりのころは、話者の方が延々と話が続くと、心の中では「もう覚えきれないからその辺で止まってくれ〜」なんて思いながら、冷や汗をかいていました。通訳量が多い時は今でも決して簡単ではありませんが、一方で経験を積んで行く中で、当初ほど身構えることなく落ち着いて通訳ができるようになってきました。この回では私なりの対処法をいくつか紹介したいと思います。
 
 
◾️キーワードを整理する

話者の話しが長いときは、内容をキーワードで区切ることで、漏れなく大事なポイントをしっかり訳せるように工夫します。例えば、前回コラム前編で例としてあげた以下のコメントの場合は、➀ミーティング、➁作戦、➂久々の勝利、➃嬉しい、と4つのキーワードに区切ります。訳出の際に一言一句思い出そうとすると、却って忘れてしまったり、通訳速度が遅くなってしまうことがありますが、キーワードで覚えておくとそれぞれのキーワードに付随する内容の記憶の呼び起こしが容易となり、スムーズな訳出が可能となります。
 

試合前のミーティングではチームが一丸となる雰囲気がありました。今日はとても大事な試合で、何度もチーム内で作戦を練ったかいがあり、最近は負けが続いていたなかで久しぶりに試合に勝つことができて、チームとしても個人としても、とても嬉しいです。

【キーワード】   【付随するストーリー】
➀ミーティング:(チームが一丸となった)
➁作戦    :(大事な試合を前に作戦を練った)
➂久々の勝利 :(敗戦が続いていて久しぶりに勝った)
➃嬉しい   :(個人としてもチームとしても嬉しい)
 
 
◾️抜けた部分は次の訳出で補う

通訳した直後に、「あ、言い忘れた部分があった」と気づくことがあります。あまり重要ではないコメントを通訳し忘れたのであればそのまま無視しても問題ないですが、選手に影響しかねない内容であればそうはいきません。記者の囲み取材などは基本的に複数質問されることが多いので、次の質問の通訳時に言い忘れ(通訳漏れ)を自然なかたちで付け加えて、話者のコメントが漏れなく伝わるように工夫します。例えば、二軍で調整中の選手が「一軍でプレーできる状態にありますか?」と聞かれた際に、「はい、コンディションは問題ないのでいつでも一軍でプレーできます。ただ、その判断は首脳陣がすることなので、いつ呼ばれてもいいように準備を続けます。」と回答したとします。この時に「首脳陣が判断するべきことで、自分が準備を続けるだけ」という趣旨の部分を通訳し忘れてしまったときは、次の質問の回答(通訳)のときに、「いずれにしても首脳陣の判断なので・・・」のように、さりげないかたちで前の質問での通訳漏れを補います。
 
 
◾️選手と事前に打ち合わせをしておく

選手との信頼関係がある場合は、インタビューの前の段階で回答があまり長くならないようにお願いをしたり、あるいは想定される質問の回答を事前に確認しておくことも一つの方法です。ただ、選手との人間関係がちゃんと構築されていない段階で突然このような依頼をすると、通訳者に対する不信感を招いてしまう可能性もありますので、まずは選手との関係性や距離感をしっかりと構築することが重要です。
 
 
前回と今回は「記憶と通訳」について前編後編でお伝えしました。緊迫感のあるスポーツの現場ではスピード感ある通訳が求められます。一方で、通訳の速さだけを求めすぎると通訳漏れが出てしまい、選手の意思をちゃんと伝えられないということにも繋がってしまいます。通訳の正確さと速度、これを両立するためには日々の実践と経験が欠かせません。自分が選手の立場であれば、自分の思いや発言はしっかりと伝えてほしい、そう思うはずですし、選手が納得、安心して通訳を任せてもらえるような通訳者でいられるよう私もまだまだ日々の実践に努めていきたいと思います。

今回のコラムも通訳を目指される方の参考になれば幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。

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