みなさんこんにちは、読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
私の所属する読売巨人軍は熾烈な上位争いを繰り広げているところですが、外国人選手も日々チームを支える活躍を見せてくれています。それに合わせてヒーローインタビューや試合前後の取材も増えてきました。選手によって回答の仕方や長短は様々ですが、このコメントの長さはその内容さながらに通訳の難易度に大きく影響します。なぜなら通訳者はコメントを一度記憶した上で訳を捻出するからです。記憶力は見落とされがちですが、記憶ができないと正確な通訳をすることができません。
■回答の長さで難易度は変わる
試合に勝利した後のインタビューでは「試合後の心境」についてよく質問をされますが、以下に典型的な回答例を挙げてみます。
①『試合に勝てて嬉しいです。』
②『最近は負けが続いていたので、久しぶりに試合に勝つことができて嬉しいです。』
③『試合前のミーティングではチームが一丸となる雰囲気がありました。今日はとても大事な試合で、何度もチーム内で作戦を練ったかいがあり、最近は負けが続いていたなかで久しぶりに試合に勝つことができて、チームとしても個人としても、とても嬉しいです。』
語学ができる人にとって内容自体はどれも難しくはないと感じると思います。では①〜③の難易度の違いはどこかというと、見てわかるとおり回答の「長さ(量)」ですね。ただ、こうして文字で眺めるだけだとなかなかピンとは来ないかもしれません。これを一度だけ読んで(実際は聞いて)、見返さずにすぐ訳を作成する(話す)となるといかがでしょうか?ぐんと難易度が高くなったと感じたのではないでしょうか?
■記憶していないとそもそも言語の変換ができない
スポーツ選手の記者会見やヒーローインタビューなどで、選手のコメントの尺に比べて通訳者の訳が短いと感じたことが皆さんもあるのではないでしょうか。現場でも、外国人選手のコメントを訳した後に、日本人選手から冗談半分に「もっと長く話してましたよ、要約しましたよね?」なんて言われるシーンを何度か見たことがあります。傍から見ると、通訳者が意図して選手のコメントを要約しているように見えるかもしれませんが、現場経験者の視点からすると、おそらくこういうときは、選手のコメントが長すぎて全て記憶できていなかった、もしくは頭で訳しながら話しているうちに選手の言葉を忘れてしまったというのが実際な場合が少なくないのだと思います。
■通訳のプロセス
通訳をするときに頭のなかで起きていることをおおまかに説明すると、先ず「聞く」ことから始まります。次に発信された言語を「理解」します。そのあとに「記憶」します。上述したように、話者の発言を忘れてしまうと通訳することができず、覚えているコメントを繋いでそれらしく繕うことしかできません。記憶ができてはじめて「訳出」を考え、そして口に出して「話し」ます。
「聞く」→「理解」→「記憶」→「訳出」→「話す」
「記憶」は話者と同時進行的に通訳をする同時通訳においてそれほど重要ではありませんが、話者が一通り話し終えてから通訳をする逐次通訳の際には、良い通訳ができるかどうかを左右する大きなポイントになります。
私も過去に何人も外国人選手を見てきましたが、中には演説者のように、一つの質問に対して延々と回答を述べる選手もいました。記憶ができないと、通訳をして話している最中に思い出そうとしながら話してしまうことになり、そうすると口が止まったり、場合によっては通訳者自身が訳の内容を見失ってしまい話者の回答と全く違うことを言ってしまうなんてことにも陥りかねません。次回コラムでは、通訳量が長いときの対処法について、現場の経験をもとにいくつか紹介したいと思います。
それではまた次回のコラムでもお会いしましょう。