吉香で活躍し34年、主にNHKの放送通訳を中心に報道の現場の第一線で活躍する英語通訳者の近藤 尚子(こんどうなおこ)さんにそのお話を伺いました。
1.NHKの放送通訳に携わるようになったきっかけを教えてください。
映像翻訳の仕事を始めて間もなく、BS放送の本放送開始の時に通訳募集がありました。そこで「オーディションを受けてみませんか」と吉香から連絡を頂いたのがきっかけです。オーディションでは納得のいく力をだせず、渋谷から帰る途中悔しくてたまらなかったのを覚えています。しかし、しばらくして吉香から「ギリギリで合格です」と連絡をもらいました。嬉しいと同時に「ギリギリで」の一言にもう失敗は出来ないと気を引き締めました。
2.放送通訳という仕事を通して伝えたいことはどんなことですか。
“一人でも多くの人に国際情勢に関心をもってもらい、自分のことのように捉えてほしい”という思いを抱きながら毎回、放送の現場に入っています。日本人は世界で起きている難民問題や戦争を、自分事として捉えるのが難しい側面があります。このため日本は国際社会の取り組みには人的に関わらず、経済的支援しかしないと言われています。ほんの小さなことでも、きっかけでもいいので放送通訳を通じて世界で起きることを他人事と思わず積極的に理解する人が増えたらうれしいと思っています。これがこの仕事を続けていく動機にもなっています。
3.通訳者を目指したのはいつ頃、どういったきっかけでしょうか。
きっかけは大学卒業時の就職に失敗したことです。何か手に職をつけるべきだと考え、通訳学校に通い始めました。英語は学生の時から好きで興味もあったので、勉強には意欲的に取り組めましたが私は海外経験が全くなく、英会話もほとんどできないようなレベルだったので、通訳学校に入ったものの最初は通訳スキル云々以前にまずは英語力強化のクラスからのスタートでした。週3日仕事帰りに通い、帰宅してまた勉強といった生活を繰り返していました。そうこうしている内に気がつけば英語の面白さにどんどん引き込まれてしまい、しばらくしてフリーランスとして独立しました。
4.吉香を知ったきっかけを教えてください。
大学卒業後に3つの通訳学校に通いましたが、その3つ目に通った学校の同僚が吉香の元コーディネーターの方で帰りのエレベーターの中で声をかけてもらったことがきっかけです。その後、登録することになり現在に至ります。
5.これまで業務で一番やりがいを感じたもの、印象的だったものを教えてください。
放送通訳ではプロとして報酬を頂いての仕事なので、クライアントから見れば100%できるのが当たり前です。そのため失敗しないのは当然のことであり、少しでも良い表現ができるよう日々精進することこそがやりがいだと思っています。
これまで一番大変で印象深かったのは、やはり2001年の同時多発テロでしょう。発生当時はちょうどNHKのシフトにはいっていた日でした。当然、予定していた番組の放送も中止となり、通訳席のモニターにニューヨークの定点カメラの映像で航空機が貿易センタービルに衝突する瞬間を目にした衝撃は忘れられません。その時点ではまさかテロだとは思わず、なぜこんなところに飛行機が突っ込むのか理解できずにいたのを覚えています。その後すぐに吉香から電話が入り、緊急体制の業務で深夜に他局に向かいその後も局から局へハシゴが続き仕事がいつ終わったのか記憶にないほど働き続けました。我々放送通訳者の使命を感じた日でもありました。
6.近藤さんは通訳者・映像翻訳者の育成も行っていらっしゃいますが、指導する立場から昨今の映像翻訳の分野を目指す方の傾向など感じていることがあればお聞かせください。
全体的に実力は上がってきていると思いますが、同時に力のある人とそうではない人の差も広がってきていると感じています。情報収集が容易になってきた分、常に情報に触れている人とそうでない人とで差がどんどん広がってきていますね。以前は情報が得られる人と得られない人との格差でしたが今は情報を得ようとする人と得ようとしない人との格差へと変わってきているような印象があります。
7.放送通訳は未経験者が現場で経験を積むことが難しい分野です。今後放送通訳の仕事をしたい方へのアドバイスをお願いします。
視聴者側が完成度の高い通訳を求めることを考えると、放送局が新人の受け入れに腰が重いことも納得できます。しかし、今は昔と違ってネットリサーチが現場で行いやすいので、知識に関しては最初は一般常識レベルでも大丈夫だと思います。ただ、訳出スピードは求められますし声のトーンや喋り方、あるいは表現の方法などのデリバリーが優れていないと難しいです。デリバリー能力は声帯や口の筋肉をどう使っていくかというスキルなので、ニュース番組のアナウンサーの話のシャドウイングや自分の声を録音して客観的に聞いてみるといった訓練もとても効果的なのでお勧めします。
またこれは通訳業務全般、特にメディアの仕事で言えることですが、チームを組んで作業に臨むので、協調性は重視されます。現在一緒に仕事をしているNHKのレギュラーメンバーは全員本当に仲が良く、皆で番組を盛り上げていく機運があります。放送通訳はただ訳すだけではなく、現場での関係性やコミュニケーションを大切にし、共に番組を作り上げていくという気持ちが必要です。
8.最後に吉香の魅力、また吉香に今後期待することはありますか?
30年以上前に初めて吉香の事務所に伺った時から規模も環境も大きく変わりましたが、いつも家族のように温かく迎えて下さる空気はずっと変わっていません。こちらに無理がないようにかつ、機会があれば必ず声を掛けて下さる心地良い対応も我々にとっては非常にありがたく、これからもご縁が続くことを願っています。