みなさん、こんにちは。プロ野球読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
野球選手の通訳といえば、昨今は日本人メジャーリーガーの活躍で脚光を浴びることが多くなりましたね。加えて、各日本人選手が通訳者を本当にリスペクトしている様子も画面越しからよく伝わってきます。
特に通訳者が選手より年上という場合、リスペクトし合える関係性は更に顕著です。前回コラムで例に挙げたように、日本人だとどうしても年齢で序列ができてしまう文化的背景があるからです。それでは日本にいる外国人選手と通訳の関係はどうでしょうか?
日本でプレーする外国人選手の多くはアメリカ・中南米出身ですが、これらの地域では年齢による上下関係はなく、年上には必ず敬語を使うという言語的ルールもありません。なので、選手が年上でも過度にへりくだる必要はないですし、反対に、年下の選手であっても遠慮なく自己主張をし、ときには横柄な言い方で頼み事をされることもあります。なぜなら上も下もなく「対等」な関係だから。まず外国人選手と接する上でこの前提を理解することがとても重要です。
年上だから、実績ある選手だからと言われたことをなんでもやってあげ過ぎると、前回コラムでお話したように「便利屋」として扱われてしまい、いつしか上下関係ができてしまいます。選手が上になってしまうと、意見をしたり、断ったりすることがしづらくなってしまうものです。それゆえ、私が外国人選手と接する際は、当然彼らをリスペクトしますが、彼らも私をリスペクトしてほしい、と考え、ぞんざいに扱われたり命令口調で何かを頼まれたりした時は毅然として断るようにしています。
過去にこんなことがありました。アメリカで10年以上プレーした実績ある選手の担当をしていた頃。自己主張の強い選手で通訳に頼み事をすることが多々あり、ある日、試合には出ておらずベンチにいた時に「コーヒーを持ってこい」と頼まれたことがありました。試合に出ているならまだしもベンチで観戦中のことだったので、この時は毅然と「それくらい自分でできるだろう」と伝え、持っていくことはしませんでした。それ以降、なんでもかんでも聞くのではなく、本当に必要なことかどうかを見極めてメリハリを持って接することを意識するようにしました。すると、「〜やれ」という命令口調から、「〜できる?」と口調も徐々に変わり、かといって関係が悪化したわけではなく、シーズン終了後の帰国の際には通訳に感謝の手紙を残してくれた、ということがありました。
相手に合わせることも時には必要ですが臆せず自分の意見も伝えることも大切、なんですね。どちらかが遠慮する間柄では本当の信頼関係は生まれません。リスペクトは持ちながら、時には意見の相違やぶつかり合いも怖がらない、その積み重ねで選手との関係も成熟していき、その過程で選手も通訳をリスペクトしてくれるようになります。プロ野球シーズンはキャンプ期間を含めるとおよそ10ヶ月、その間選手と一緒に過ごすのがプロ野球通訳。言語能力が注目されがちですが、信頼関係を築くためのコミュニケーション力、これもスポーツ通訳の重要なスキルの一つだと、今でも日々実感しています。人間関係は仕事でも私生活でもやはり大切ですね。今日のコラムも皆さんの参考になれば幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。