みなさんこんにちは。読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
最近のコラムでは通訳以外の業務に関する回が続いていますが、今回は翻訳作業についてです。基本的には人との間に入り通訳することがメインである傍ら、球団からの共有事項や重要な書類については翻訳作業も担います。専門分野の翻訳は例え日本語でも理解が難しい場合が少なくなく、一昔前なら辞書を片手に数日、数年前でもGoogle翻訳や翻訳アプリを使いそれでも量と内容によってはやはり日数を要することもありました。さらに今の時代は首脳陣や選手間の連絡もLINEなどのメッセージアプリで交わされる場面も増え、必要に応じて翻訳しますが、話し言葉や慣用句も多く、訳すのに頭を悩ませることもしばしばあります。
◾️慣用句は翻訳アプリでも苦手
Google翻訳はじめ今では簡単に翻訳アプリを使える時代となり、翻訳精度も飛躍的に向上していますが、それでもまだまだ改善の余地があるなとの印象です。内容として理解はできても、所々に文脈と語彙の使い方に違和感があるのが現状で、修正作業に時間がかかります。しっかりとした語学の知識がないとその違和感に気づくことができず、適切な翻訳ができません。特に、専門的内容もさることながら、慣用句や地域特有の表現の翻訳はまだGoogle翻訳には苦手のようです。実際の現場では日本語→スペイン語の場合が多いですが、スペイン語を知らない方でもわかりやすいようにスペイン語→日本語で例を紹介します。下の翻訳例を見てみると、最初の二つはなんとなく意味がわかりそうではっきりとは理解しがたく、一方で三番目と四番目は日本語としては意味を理解できます。
⚪︎Google翻訳
Empezar el año nuevo con el pie derecho
→ 新しい年を正しい足ではじめましょう
El que mucho abarca, poco aprieta
→ 多くを覆う者は、少ししか搾り取らない
Ponerse bien el pantalón
→ ズボンをきちんと履く
Hacer la vista gorda
→ 目をつぶる
◾️専門用語や慣用句もカバーできるChat GPT
近年話題となっている生成AIのChat GPTですが、用途は多岐にわたる中で翻訳機としてとても精度が高く、さらに文章の形式やトーンまで指示することができ場面に応じた的確な訳出をしてくれます。上記の例をChat GPTに訳してもらうと以下のようになります。一番目と二番目の訳出の意味が明白になり、三番目と四番目についてはそもそも意味合いが違っていたことがわかります。皆さんも馴染みのあるGoogle翻訳だと思いますが、業務として使用するにはまだ不安があるのがお分かりいただけたかと思います。一方、Chat GPTは言語だけでなくインターネットの中にある幅広い情報を精査して訳出をするので短時間で正確な翻訳をすることができます。私も必要に応じて活用しては翻訳効率向上、業務時間短縮に役立てています。
⚪︎Chat GPT
Empezar el año nuevo con el pie derecho
→ 新年を幸先よく始める
El que mucho abarca, poco aprieta
→ 多くを手に入れようとすると、何も得られない
Ponerse bien el pantalón
→ 気を引き締める
Hacer la vista gorda
→ 見て見ぬふりをする
◾️いずれのアプリも完璧な翻訳ではないことに注意が必要
しかしながら、いずれのアプリもまだ完璧ではありません。気をつけなければいけないのは、三番目と四番目のGoogle翻訳の例のように、日本語としては意味を成している時で、ちゃんとしたスペイン語の知識がないと訳出が間違っていることに気付けません。これは通訳の時にも言えることで、スペイン語の言い回しを理解せず言葉通りに訳してしまうと、選手と日本人の会話がちぐはぐしたり誤解を生んでしまったりする恐れがあります。例えば「財布の紐を締める」という慣用句をそのままスペイン語にすると、「日本人は紐がある財布を使っているのか?」と外国の方にぽかーんとされるかもしれませんが、「お金を使いすぎないように気をつける」と意訳すると本当の意味が理解できます。両方の言語に精通していない場合、訳出が場面状況に照らし合わせて一貫性があるかどうか瞬時に判断できないという点において、アプリケーションに絶対的に頼るのではなく私たち自身が基礎的な語学力、知識を有することが大切です。
AIの成長速度は著しく、通訳翻訳に限らずAIを活用することで私たちの業務効率が改善していくことは事実でしょう。一方で、正しい知識を持っていないと重大なエラーを犯したときにその誤りに気づかないということになってしまい、それでは修正の仕様がありません。テクノロジーに丸投げではなく、私たち使用者自身もエラーに気付ける・或いはチェックし修正できる教養や知識をもった上で、適切な距離感でAIと接していくこと必要であると通訳者の立場でも感じています。
今日のコラムも皆さんの参考になれば幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。