みなさん、こんにちは読売巨人軍スペイン語通訳の加藤直樹です。
前回コラムでは、通訳者が選手のパフォーマンスに影響するかどうか客観的に判断は難しい一方で、悪いときにこそそれ以上悪くならないようなサポートはできるというお話をさせていただきました。実際に状態が良く選手が結果を出し続けている時は、業務の難易度としてさほど高くありません。選手もモチベーションが高く、いい精神状態で練習や試合に臨めるため、通訳者も神経質にならずに接することができます。一方、問題は結果が出なかったりパフォーマンスが低下してきた時で、選手もストレスが溜まっているため、通訳者にはより選手に寄り添う気持ちが求められます。普段の会話を大事にしながら、選手の言葉の中に悪い時期を抜け出すヒントはないか、細心の注意を払って接することを心がけています。
◾️通訳者は外国人選手にとっての産業医?
産業医はある一定以上の規模の企業に配置され、従業員の健康を守るのがその役割ですが、直接の医療行為ができません。その代わりに病気になる前の予防対策や健康に関する指導をしたり、従業員に異常初見が見られた時には雇用主と情報を共有し適切な医療機関を案内したりします。産業医自身が対処せず管理者・治療先と繋ぐという点において、スポーツ通訳者も似たような役割を担います。以前のコラムでも触れましたが、スポーツチームにはチームの勝利と選手のパフォーマンス向上を目的に様々なスペシャリストが在籍しています。選手のパフォーマンスが上がらないときに原因がどこにあるのか、普段の選手との会話の中から要因を探り、選手の悩みを解決できる適切な場所を誘導してあげることもスポーツ通訳者の重要な役割になります。
⚪️プロ野球チームに在籍する職種例
【職種】→【役割】
技術コーチ → プレー技術に関する指導
トレーニングコーチ → 体力・筋力強化/トレーニング指導
トレーナー → 身体的治療全般/体調不良時など服薬指導
データアナリスト → 選手のプレー・パフォーマンスデータの分析
栄養士 → 食事に関するアドバイス/食事メニューの提案
心理カウンセラー → 悩み不安に関するカウンセリング
◾️通訳者が橋渡しとなるアプローチの例➀
投手が投球する際には、踏み出した足が地面に着したときぶれずに固定されることで上半身が回転し安定した投球が生み出されるわけですが、このときに踏み出し足が固定できずぶれてしまうことを「体が流れる」や「体が開く」と表現されます。テコの原理を想像してもらえるとわかりやすいかもしれませんが、この踏み出し足がいわゆるテコで、固定されていると発生する反力も大きくなります。
これを踏まえてあるとき、担当していた外国人投手が試合後に投球内容を振り返り、踏み出し足が流れてしまっていることが原因で本来の投球ができていない、と自己分析をしていました。しかし、頭で理解していても毎回試合で再現(修正)することは難しく、結果はまちまちな日が続きます。これを聞いた私がフィジカル担当の方に選手本人が認識している課題を共有し、下半身の筋力チェックをしてもらうと踏み出す側の足の筋力が弱まっていることがわかりました。つまり、課題を頭で理解していても、実行するためのコンディションが万全ではなかったのです。そこから下半身強化エクササイズを組んでもらい、同時に筋力低下の要因とも考えられる疲労蓄積を解消するために、トレーナーの方にも選手の状態を共有し下半身を中心に治療を施してもらうようになりました。この取り組みが全てだったとは言い切れませんが、選手のパフォーマンスは徐々に改善を見せていき、結果を伴う試合が増えて行きました。
◾️通訳者が橋渡しなるアプローチの例➁
外国人選手が日本で成功するための鍵となるポイントの一つに食事があります。スポーツ選手にとって栄養面はもちろん食事が楽しめるかどうかはいい精神状態で試合に臨むためにもとても重要ですが、外国人選手にとっては日本食が口に合わないということも珍しくありません。或いは、美味しく食べることができたとしても、母国の味は必ず恋しくなるものです。巨人軍では栄養士の方が球場や各遠征先の食事のメニューを提案してくれていますが、一見日本人の目から見たら美味しそうなメニューも外国人選手が手をつけないこともしばしばあり、選手に聞くと、得体がしれないものは食べたくないという答えが返ってくることもよくあります。そんな時は、外国人選手の日本食に対する感想とともに母国の食文化、食材、調理法などわかる範囲で通訳が栄養士の方に情報を共有します。実際、ホームである東京ドームの食事では定期的に中南米出身選手にとってお馴染みのタコスやお豆料理も出してもらえるようになりました。食事がパフォーマンスに直接影響するどうか断言は難しいですが、およそ一年間という長い期間を異国で過ごすに当たり、食事に関するストレス軽減は、フィジカル面はもちろんメンタル面でもとても重要であるのは確かでしょう。
冒頭でも書いたように、選手の調子が良い時よりも悪い時こそ通訳者の手腕が問われる、と私は考えています。選手が試合で結果を出している時は多少のミスがあっても監督やコーチを含めたチーム、あるいはファンも寛大に見守ってくれますが、調子が悪い時が続くと厳しいコメントも出始め、結果が出なければ最後は戦力外となってしまうのがプロ野球の世界です。精神的プレッシャーが次第に大きくなる中で選手はパフォーマンスの改善に努めなければなりません。選手がつらい時こそ通訳者として冷静に選手が必要とすることを見極めて適切な対処方法に誘導し上昇の兆しを見出させるよう、私も選手に寄り添う姿勢を忘れずに業務に努めて行きたいと思います。
今日のコラムもみなさんの参考になれば幸いです。
それではまたお会いしましょう。